ニッポンの自治体

NO.321
東京都武蔵野市吉祥寺の特徴
東京都武蔵野市「吉祥寺」の特徴とマンション

住んでみたい街として、つねに人気のエリア ただし今後に抱える課題も多い

 2016年、恵比寿に首位の座を奪われたが、それまでの5年「住みたい街ナンバーワン」とされてきた吉祥寺。人気自治体として自負が溢れる武蔵野市のホームページでは「施策の計画・展開にあたって、早くから市民参加を掲げ、先駆的に取り組んできた」とする。

 緑豊かな住宅都市に、高度に教育施設がバランスし、福祉・健康・文化・スポーツ・情報などの生活型の産業と商業施設が、あまり広くない範囲に凝縮して、調和した“生活核都市”として発展、“住んでみたい街”としてイメージが定着しているのが吉祥寺だ。

吉祥寺が無い、吉祥寺

 ところで、吉祥寺という街にはその名の寺は無い。武蔵野市吉祥寺の地名由来となっている名称の寺は、現在でも文京区本駒込にある。その諏訪山吉祥寺は室町期の1458年に太田道灌が開基した宗洞宗の古刹だ。1657年、江戸市中の大半を焼いたと記録に残る江戸大火のひとつである“明暦の大火”で、小石川水道橋外にあった吉祥寺門前町の人々が焼け出されこの地に移住、吉祥寺と名付けたことが始まりだとされている。ただ現在でも、安養寺・光専寺・蓮乗寺・月窓寺という4つの寺が集まる寺町であることは確かだ。

 現在、武蔵野市内で「吉祥寺」が冠される町丁名は、吉祥寺本町(ほんちょう)1丁目~4丁目、吉祥寺北町(きたまち)1丁目~5丁目、吉祥寺東町(ひがしちょう)1丁目~4丁目、吉祥寺南町(みなみちょう)1丁目~5丁目だ。これらを合わせた範囲が狭義での「吉祥寺」であり、さらに御殿山1丁目・2丁目と中町1丁目~3丁目を合わせた範囲がかつての大字「吉祥寺」である。エリアはJR東日本・中央線と京王井の頭線の吉祥寺駅を中心に碁盤の目状に、平坦な小高い台地に拡がる。

 ただ、タウン誌やリージョナルマガジンの「Hanako」(マガジンハウス)などが「吉祥寺特集」を掲載する場合、その取材範囲は広く、杉並区西荻や三鷹市下連雀・井の頭・牟礼、練馬区関町あたりまで含むことが多い。

高度教育機関の集積と文人の街

 吉祥寺の街がある武蔵野市には、小学校から大学まで一貫教育を実践する、現・自民党総裁で総理大臣の安倍晋三の母校である成蹊大学、亜細亜大学、日本獣医生命科学大学、武蔵野美術大学があり、近隣にリベラルアーツを標榜する東京女子大学、立教女学院短期大学、秋篠宮殿下の次女、佳子内親王殿下が通った国際基督教大学(ICU)など数多くの大学があるため、つねに学生たちで賑わう街でもある。

 早朝から深夜まで賑わいが絶えない繁華街は、全国でも屈指の商業街区に発展し、JR中央線や京王井の頭線を利用して訪れる来街者が非常に多い街だ。駅北側に東急百貨店やパルコ、南に丸井などの大型商業施設とサンロードに代表されるアーケード街、アトレやキラリナなどの駅ビルや個性的な商店が共存。戦後にヤミ市から発展したというハモニカ横丁の建物や商店、路地は、進化を続ける街のなかで懐かしさを感じさせてくれるユニークな一角で、“昭和”を感じることができる。

 吉祥寺周辺エリアは近代文学との縁も深い。玉川上水に入水自死・心中を図った昭和の作家・太宰治をはじめ吉祥寺・三鷹周辺に居を構えた著名な文学者は多い。戦前から反骨の詩人と称され1970年代まで活躍した金子光晴、「路傍の石」などで知られる山本有三もそうだ。山本邸は現在、記念館として内部や庭が公開され、落ち着いた雰囲気を見せる。童謡「赤とんぼ」の作者で詩人の三木露風も晩年は三鷹に住んだ。また、個性派純文学・女流作家の倉橋由美子「暗い旅」、推理小説の先駆けで巨匠の横溝正史の複数作品、直木賞作家・桐野夏生「魂萌え!」、最近では芥川賞を受賞した芸人の又吉直樹「火花」などの文学作品中に吉祥寺が登場する。

恩賜公園とジブリ美術館

 冒頭でも記したが、“吉祥寺”と呼称する広義のエリアは広い。井の頭恩賜公園を訪れる人々のほとんどが、吉祥寺にある公園だ、と思いがち。だが、その敷地の一部は三鷹市に所属する。井の頭恩賜公園は武蔵野三大湧水池のひとつである井の頭池を中心にした公園だ。井の頭池は神田川に注ぎ、その流れの一部も公園敷地に含まれる。この公園を借景とするマンションは1970年代から続々分譲されたが、未だに人気が高い物件ばかりである。

 公園の南、西園には話題に事欠かない三鷹の森ジブリ美術館が建つ。映画「となりのトトロ」などスタジオジブリ作品を展示する三鷹市立のアニメーション美術館として2001年に開館した。日本の美術館では珍しい完全予約制・定員制の入館方法を採用し、入館するにはコンビニなどで予め入館日・時間指定の記名入りチケットを購入、身分証明書を持参する必要がある。電話での予約申込も可能だ。なお、定員に達した時間になった時点で当日分の販売は打ち切られる。現在、ジブリ美術館で入場券の直売は行なわれていない。しかし、美術館前に「ローソン三鷹の森店」があり、そこで当日券が購入可能な場合がある。なお定員には、三鷹市住民と市内への通勤通学者に配慮した枠があるとされている。

人気の街のジレンマと再開発計画

 住みたい街として未だに人気がある吉祥寺だ。が、社会状況の変化、消費行動の多様化など、吉祥寺を取り巻くさまざまな課題が生じているとして、武蔵野市では、2007年策定し2020年に改訂した「吉祥寺グランドデザイン2020」に記している。根本にある危機感は、「住みたい街などとして、人気はあるものの、街全体がつまらなくなった」との意見が多い現状を踏まえたものだ。

 確かに70年代から80年代の吉祥寺は、繁華街として発展途上だったが、若い世代が住める木賃アパートもたくさんあり、カウンターカルチャーの芽が育つ象徴的な街でもあった。また、それほどの資本力が無くても新しいビジネスに挑戦できる雰囲気・エネルギーが街にあった。代表的なのが“JAZZ街の吉祥寺”だった。もうすでに閉店したジャズ喫茶&バーやライブ店の名店としてMEG、FUNKY、A&F、OUT BACK、西洋乞食などがあったし、現在でも営業している老舗ジャズクラブSAME TIME、Jhon Henry's Studyなど、個性的な店があったものだ。また、シンガー&ソングライターの高田渡らが日本では珍しいジャグバンドのライブ拠点、「ぐゎらん堂」なども80年代の半ばまで営業していた。

 吉祥寺グランドデザイン2020でも、地価高騰などの弊害を指摘し、「個性的な店舗立地、新しいビジネスの発展を阻害している」とし、高額な賃料を負担できる企業は、資本力・被融資力のあるナショナルチェーンなどに限定され、個性的なテナントが集まりにくくなっているとする。
 また、築40年以上経過した旧耐震基準の建物が数多く、防災上の課題がある。加えて、複雑な土地権利関係や狭隘な道路状況などがあり建物の建替えが難しい地域があるのも事実だ。

 そこで計画では、吉祥寺をウエストエリア、セントラルエリア、イーストエリア、パークエリアの4つに分け、それぞれの課題と対策をそれぞれ示している。
 4つのエリアで注目は、吉祥寺駅南口を含むパークエリアだ。吉祥寺の魅力は、徒歩圏の狭いエリアに魅力的な商業施設と大きな公園があり、人の回遊性が高いことだ。しかし、それが地価に反映し、先に述べたように個性的な商売の新規参入が難しくなっているというジレンマもある。

 現在進められている南口駅前広場の整備事業について、市が計画している内容とは別にパークロード(バス通り)周辺、武蔵野公会堂敷地に超高層ビルを建設して一体を再開発すべきとの住民意見があり、判断が分かれた格好となっているという。南口周辺の建物・施設は築50年以上経過し、老朽化が進んでいるために超高層化が必要との考えがベースにあり、関係者の間では、道路の上に超高層ビルを建てた虎ノ門ヒルズがイメージにあるという。いずれにしても、土地の高度有効利用が必至なのである。

  • 著者:吉田 恒道
  • (公開日:2020.08.06)
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