京都府京都市下京区の特徴
― ニッポンの自治体 ―
観光都市「京都」の中心、大規模オフィスや商業施設が集積する業務地区
京都下京区は、京都市11区を構成する行政区。同区北端を走る四条通の四条烏丸(烏丸通)から四条河原町(河原町通)まで、京都府をも代表する有数の繁華街となっている。
平安時代の末期、平安京(京都)の南地域を「下辺」(しもわたり)と呼ぶようになった。反対に北側を「上辺」(かみわたり)と呼んだ。これがその後、中世になって「下京」「上京」となる。そのころの境界線は二条通であり、上京には京都御所があり富裕層があつまったのに対し、下京は商業地区であり町民の街として発展した。
1869年(明治2年)「下京」「上京」の境界線を三条通とし、下京に32番組(現在の元学区)ができる。1889年(明治12年)の全国町村制施行により、京都府下京区が生まれた。1889年(明治22年)に「下京区」「上京区」を市域とする京都市が発足し、それぞれが京都市の行政区となった。その後、下京区から左京区、中京区、東山区、南区が分区して現在にいたる。
京都府・京都市下京区のマンション
2018年、京都府・京都市下京区で販売された新築マンションは196戸。同区で販売した新築マンションの価格相場は3841万円~6552万円で、中古マンション相場価格は2310万円~7140万円だった。
2019年1月現在、京都市下京区の人口は、7万7319人。総世帯数は4万3972世帯だった。同区の面積は6.78平方キロメートルで、京都市11行政区中で最小面積だ。
同区は戦後間もなく大規模オフィスビルや商業施設が集積する業務地区として発展。ドーナツ化現象で人口流出が続き人口7万人ほどまで減少したが、1995年以降の都心回帰傾向を背景に住宅地整備やマンション建設などが進んで反転、人口増となり、現在も増え続けている。
世界有数の観光都市、京都の玄関口で巨大ターミナル「京都駅」
同区内南端にはJR西日本・東海、近畿日本鉄道(近鉄)、京都市営地下鉄が乗り入れる、政令指定都市であり日本で有数の観光都市である京都の玄関口「京都駅」がある。観光客はもちろん、京都市内あるいは乗り入れる各線へ、あるいは各線からの乗り換え利用者も多く、1日の乗降客数が67万人超と日本でも有数のターミナル駅だ。
京都駅の開業は1877年(明治10年)2月で、新橋駅~横浜駅開業に次いで2番目に開業した京都駅~神戸駅間の終着駅だった。
JR線においては、東海道新幹線のすべての列車が停車し、東海道本線(京都線/琵琶湖線)、山陰本線、奈良線が乗り入れる。
京都駅周辺には京都タワーや京都駅ビルなどの商業施設が集積している。京都駅ビルの東側は、ホテルグランヴィア京都。西側には京都伊勢丹が入居する。その両翼をつなぐ中央コンコースは、4000枚のガラスを使用した正面と大屋根が覆う大きな吹き抜けとなっている。
京都駅ビルは、規模の大きさと異色なデザインで、建築以前の計画段階から賛否両論が渦巻いた経緯がある。建設当時には京都まちづくり協議会などが中心となって激しい反対運動が起きた。京都駅周辺の建築物は、高さ120mまで建築可能となる特例措置が設けられている。が、高さ制限の緩和は古都の景観を損なう建築物として反対意見も根強かったのである。
最終的には、高さを60mに抑え、南北方向の道路に合わせて建物を分割して圧迫感を回避するようなアイデアで、反対派にも対応したビルとなった。
四条烏丸から四条河原町に至るエリアは京都最大の繁華街
下京区北側をとおる四条通の四条烏丸から四条河原町に至るエリアは、京都高島屋や大丸京都店、藤井大丸や京都マルイなどの百貨店や大規模ショッピングセンターがあり京都を代表する一大繁華街だ。
また、下京区内には世界文化遺産登録の西本願寺と、国宝・国の重要文化財を内包する東本願寺というふたつの大規模な寺社があるなど、歴史ある街並みが多く残され、参拝客や観光客が大勢訪れる。
著:吉田 恒道(公開日:2019.12.26)