大阪府貝塚市の特徴
― ニッポンの自治体 ―
市域では、貝塚遺跡が発見されていない不思議の街「貝塚市」
大阪府貝塚市は、大阪湾の東岸に位置し、大阪市を中心とするいわゆる大阪大都市圏の南部にある。北側は岸和田市、南側は泉佐野市および熊取町、東側は和泉山脈を境として和歌山県と接している。同市は、貝塚御坊・願和寺の寺内町を中心に発展してきた街だ。
同市の面積は43.98平方キロメートルで、大阪府の面積の約2.3%。臨海部、内陸平坦部、丘陵部、山間部と多様な地形からなる。“茅渟(ちぬ)の海”と呼ばれる大阪湾に白砂青松の「二色の浜」や、本州南限圏の天然記念物ブナ林の「和泉葛城山」など自然豊かな自治体だ。
大阪府・貝塚市のマンション
2018年、大阪府・貝塚市で販売された中古マンション相場価格は1400万円~1680万円だった。
2019年1月現在、貝塚市の人口は、同市の発表によると8万6974人で、総世帯数は3万7602世帯である。
通勤通学などで他市区町村への流出する人口は2万5000人ほど、そのうち近隣市町の岸和田市、泉佐野市、堺市、大阪市へ全体の7割程度が通勤通学で出かけている。逆に、通勤通学などで他市区町村から流入する人口は1万5000人ほどで、近隣市町の岸和田市、泉佐野市、熊取町からの流入が全体の5割超となっている。
大阪府10番目の市として成立した貝塚市
1889年(明治22年)の全国市町村制施行に伴って南郡貝塚中之町、貝塚近木之町、貝塚南之町、貝塚西之町、貝塚北之町が合併して、南郡貝塚町が発足した。その後、周辺の自治体を編入し、1943年(昭和18年)に大阪府で10番目の市制施行となり貝塚市が発足した。
近年、平成の大合併期に岸和田市との合併を模索したものの、合併協議会すら立ち上がることはなかった。しかし、岸和田市貝塚市クリーンセンターを共同で運転管理するなど、各種行政サービスで岸和田市と提携している。
貝塚という地名については、16世紀後半に一向宗の自治都市である寺内町がつくられ、「貝塚」の字が使われていたことが市に残る古文書にあるからいう説が有力だ。ただ、「貝塚」は、縄文時代の遺跡を指すことが一般的であることから貝塚遺跡に関連した地名となったとの説もある。が、貝塚市の市域では、いまだに貝塚遺跡が発見されていないことから、その関連性は証明できず、「貝塚」という地名の由来に関する確証ある説はないという。
関空に至近というメリットを活かして積極的に企業誘致
貝塚市には、JR阪和線、南海本線、水間鉄道の3つの鉄道があり、JR阪和線、南海本線は、市域の南北を横断しており、都心部への輸送を担っている。水間鉄道は市域を東西に走り、主に市域内輸送を担っている。
道路交通網として、臨海部には府道大阪臨海線、市街地には国26号、同170号、府道堺阪南線が、市域を南北に横断。また、府道岸和田牛滝山貝塚線、和歌山貝塚線が臨海部から山間部へ東西に延びている。
貝塚市では市内産業活性化策として、関西国際空港に近いというメリットを活かし、近木川河口右岸の「二色の浜パークタウン」の沖合を埋立造成して「二色の浜産業団地」を建設。企業の誘致に積極的に取り組んでいる。これまでに三洋電機、明治乳業などの工場誘致に成功しているという。
貝塚市では、かつて“東洋の魔女”と呼ばれた日紡貝塚(現ユニチカ)女子バレーボールチームの本拠地であったことから「バレーボールのまち」を標榜している。
著:吉田 恒道(公開日:2020.01.06)